数の森を抜けると、目の前に大きなお城がそびえ立っていた。
石でできた立派なお城。壁には数字や記号がきれいに彫られていて、塔の先には「÷」の形をした風見鶏がくるくると回っている。
——はずだった。
「ひどい……」
ハルは息をのんだ。
お城は霧に包まれ、あちこちが崩れかけていた。壁に刻まれた数字はぼやけて読めなくなり、門は半分しか開いていない。城壁のところどころに、ぐにゃりとねじれた亀裂が走っていた。
「カオスの霧が、ここまで来てるんだ」
ピコが肩の上で声を落とした。
「この城は『わり算の城』っていうの。数を等しく分ける力で成り立っている場所なんだけど、霧のせいで分ける力がうまく働かなくなって、お城が崩れてきてるの」
お城の門の前に着くと、小さな影がひとつ、座り込んでいた。
丸い体に短い手足。頭の上に「÷」の形をしたとんがり帽子をかぶっている。目がくりくりと大きくて、どこか頼りなさそうな表情だった。
「うぅ……もうダメだ、お城がどんどん壊れていく……」
「ワリン!」ピコが飛んでいった。「大丈夫? 助けに来たよ!」
ワリンは顔を上げた。
「ピコ!? その子は……」
「人間の世界から来てくれた、ハルちゃんだよ!」
ワリンはハルをじっと見つめてから、小さく頭を下げた。
「来てくれたの……ありがとう。でも、正直にいうと、状況はかなり悪いんだ。お城の中には三つの扉があるんだけど、ぜんぶ霧に閉ざされてしまった。扉を開けるには、わり算の問題を正しく解かなきゃいけない」
「わり算の問題……」
ハルはごくりとつばを飲んだ。わり算は嫌いじゃないけど、得意でもない。とくに「あまり」が出てくると、よくまちがえてしまう。
「大丈夫だよ、ハルちゃん」ピコが明るく言った。「あたしがヒントを出すから。一緒にやろう!」
ハルはうなずいた。
「うん。行こう」
お城の中は薄暗く、霧がところどころに漂っていた。
最初の扉の前に着いた。扉には大きな文字で問題が浮かんでいた。
ハルはほっとした。これなら知っている。
「12こを3人で分けるんだから……ひとり4こ!」
ぴかっ!胸の算数石がほのかに光った。扉にかかっていた霧がすうっと晴れ、ゆっくりと開いた。
「やった!」
「すごいすごい!」ピコが手をたたいた。
ワリンも少しだけ笑顔になった。
「ありがとう……でも、次はもっと難しくなるよ」
二つ目の扉に着いた。
こんどは霧が濃い。扉に書かれた問題も、少しかすんで見えた。
ハルは眉をひそめた。
「23÷4……割り切れない、よね?」
「そう、あまりが出るわり算だよ」ピコが言った。「ヒントを出すね。4のだんの九九を思い出してみて。23に一番近くて、23を超えない数は?」
ハルは指を折りながら考えた。
「4×1=4、4×2=8、4×3=12、4×4=16、4×5=20、4×6=24……あ、24は超えちゃう。だから4×5=20が一番近い!」
「そうだよ! じゃあ、23から20を引くと?」
「3! ……ってことは、23÷4=5あまり3!」
ぱあああっ!算数石が前よりも強く輝いた。扉にまとわりついていた濃い霧が吹き飛ばされ、扉が大きく開いた。
「ハルちゃん、やるじゃん!」ピコがうれしそうに回転した。
ワリンは安心したように目を細めた。
「あまりが出てもあわてなかったね。大事なのは、かける数をちょうどいいところで止めること。超えちゃいけないんだ」
ハルは少し自信がついてきた。
最後の扉の前。
霧はここが一番濃かった。扉の文字すら読みにくい。ハルは目をこらした。
「50÷7……」
ハルは額に汗がにじんだ。7のだんは九九の中でも苦手なほうだった。
「7×1=7、7×2=14……7×7=49、7×8=56……あ、56は超えちゃう。だから7×7=49!」
「いいよ、いいよ!」ピコが応援した。
「50ひく49は……1。50÷7=7あまり1!」
ハルが答えた瞬間。
ぴかああああっ!!算数石が今までで一番強く光った。光がお城全体に広がり、霧が一気に晴れていった。
崩れかけていた壁が元に戻り、ぼやけていた数字がくっきりと浮かび上がった。風見鶏の「÷」が金色に輝き始めた。
「お城が……元に戻ってる!」
ワリンが涙ぐみながら言った。
「ありがとう、ハル。きみのおかげだよ。わり算の力が戻ったんだ」
お城の屋上に出ると、霧が晴れたナンバーランドの景色が広がっていた。
遠くに見える数の森。その向こうに、キラキラ光る川が流れている。
「ピコ、あの川は何?」
「あれは『小数の泉』だよ。次に霧を晴らさなきゃいけない場所……なんだけど」
ピコの声が少し暗くなった。
「あそこの霧は、ここよりもっと手強いって聞いてるの」
ハルはじっと川を見つめた。
「でも、行かないと。霧は放っておいたらどんどん広がるんでしょ?」
「……うん」
ワリンが城の門まで見送りに来てくれた。
「ハル、ピコ。ここはもう大丈夫だから。先に進んで。ぼくはお城を守りながら、応援してるよ」
「ありがとう、ワリン」
ハルはペンダントをぎゅっと握った。さっきまで暗かった石が、今はほんのり温かい光を放っている。
わり算って、数を等しく分ける力なんだ。割り切れなくても、あまりをちゃんと出せばいい。
ハルは小さくうなずいた。
算数は、ちゃんと考えれば答えが見つかる。あせらなくていい。一歩ずつ、進めばいい。
ハルとピコは、小数の泉へと続く道を歩き始めた。